最高裁判所第三小法廷 昭和37年(オ)747号 判決 1964年7月28日
上告人
水野福子
右訴訟代理人弁護士
宮浦要
被上告人
井上猛こと
井上猛司
ほか二名
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人宮浦要の上告理由第一点について。
所論は、原判決には被上告人松井に対する本件家屋明渡の請求を排斥するにつき理由を付さない違法があるというが、原判決は、所論請求に関する第一審判決の理由説示をそのまま引用しており、所論は、結局、原判決を誤解した結果であるから、理由がない。
同第二点について。所論は、相当の期間を定めて延滞賃料の催告をなし、その不履行による賃貸借契約の解除を認めなかつた原判決を違法と非難する。しかし、原判決(及びその引用する第一審判決)は、上告人が被上告人松井に対し所論延滞賃料につき昭和三四年九月二一日付同月二二日到達の書面をもつて同年一月分から同年八月分まで月額一二〇〇円合計九六〇〇円を同年九月二五日までに支払うべく、もし支払わないときは同日かぎり賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに停止条件付契約解除の意思表示をなしたこと、右催告当時同年一月分から同年四月分までの賃料合計四八〇〇円はすでに適法弁済供託がなされており、延滞賃料は同年五月分から同年八月分までのみであつたこと、上告人は本訴提起前から賃料月額一五〇〇円の請求をなし、また訴訟上も同額の請求をなしていたのに、その後訴訟進行中に突如として月額一二〇〇円の割合による前記催告をなし、また訴訟上も同額の請求をなしていたのに、その後訴訟進行中に突如として月額一二〇〇円の割合による前記催告をなし、同被上告人としても少なからず当惑したであろうこと、本件家屋の地代家賃統制令による賃料額は月額七五〇円程度であり、従つて延滞賃料額は合計三〇〇〇円程度にすぎなかつたこと、同被上告人は昭和一六年三月上告人先代から本件家屋賃借以来これに居住しているもので、前記催告に至るまで前記延滞額を除いて賃料延滞の事実がなかつたこと、昭和二五年の台風で本件家屋が破損した際同被上告人の修繕要求にも拘らず上告人側で修繕をしなかつたので昭和二九年頃二万九〇〇〇円を支出して屋根のふきかえをしたが、右修繕費について本訴が提起されるまで償還を求めなかつたこと、同破上告人は右修繕費の償還を受けるまでは延滞賃料債務の支払を拒むことができ、従つて昭和三四年五月分から同年八月分までの延滞賃料を催告期間内に支払わなくても解除の効果は生じないものと考えていたので、催告期間経過後の同年一一月九日に右延滞賃料弁済のためとして四八〇〇円の供託をしたことを確定したうえ、右催告に不当違法の点があつたし、同被上告人が右催告につき延滞賃料の支払もしくは前記修繕費償還請求権をもつてする相殺をなす等の措置をとらなかつたことは遺憾であるが、右事情のもとでは法律的知識に乏しい同被上告人が右措置に出なかつたことも一応無理からぬところであり、右事実関係に照らせば、同被上告人にはいまだ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意があると断定することはできないとして、上告人の本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであつて、右判断は正当として是認するに足りる。従つて、上告人の本件契約解除が有効になされたことを前提とするその余の所論もまた、理由がない。
同第三点について。
所論は、被上告人井上及び同橋本の本件家屋改造工事は賃借家屋の利用の程度をこえないものであり、保管義務に違反したというに至らないとした原審の判断は違法であつて、民法一条二項三項に違反し、ひいては憲法一二条二九条に違反するという。しかし、原審は、右被上告人らの本件改造工事について、いずれも簡易粗製の仮設的工作物を各賃借家屋の裏側にそれと接して付置したものに止り、その機械施設等は容易に撤去移動できるものであつて、右施設のために賃借家屋の構造が変更せられたとか右家屋自体の構造に変動を生ずるとかこれに損傷を及ぼす結果を来たさずしては施設の撤去が不可能という種類のものではないこと、及び同被上告人らが賃借以来引き続き右家屋を各居住の用に供していることにはなんらの変化もないことを確定したうえ、右改造工事は賃借家屋の利用の限度をこえないものであり、賃借家屋の保管義務に違反したものというに至らず、賃借人が賃借家屋の使用収益に関連して通常有する家屋周辺の空地を使用しうべき従たる権利を濫用して本件家屋賃貸借の継続を期待し得ないまでに貸主たる上告人との間の信頼関係が破壊されたものともみられないから、上告人の本件契約解除は無効であると判断しているのであつて、右判断は首肯でき、その間なんら民法一条二項三項に違反するところはない。また、所論違憲の主張も、その実質は右民法違反を主張するに帰すから、前記説示に照らしてその理由のないことは明らかである。所論は、すべて採るを得ない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官田中二郎 裁判官石坂修一 横田正俊 柏原語六)
上告代理人宮浦要の上告理由
第一点 原判決はその理由中に井上猛司、橋本栄久に対する上告人(控訴人)の家屋明渡請求に対し控訴棄却の判決があつて上告人の明渡請求を排斥せられたことに関する原審裁判所の見解が述べられて居る之に対しては次にその見解が法律上許容せらるべきものでないことを上告理由として陳述するものであるが被上告人松井義雄に対する上告人の家屋明渡請求について一言も言及して無い即ち判決理由中に何故にその請求を排斥するかと云ふことを示されて居らない。
之は明かに民事訴訟法第三百九十五条第六号に規定する「判決ニ理由ヲ附セズ」の条項に該当するもので破毀は免れないものである。
右は判決原本の理由を一見すれば明かで何処にも松井義雄に関する事実並に法律関係について言及し理由を附してない。
判決理由中
二、そこで先づ控訴人の被控訴人井上猛司及同橋本楽久に対する前記各家屋明渡の請求について判断すると記載してその理由は示してあるが松井義雄に関する部分は全然その記載がないから前記法律の規定により破毀の外はないのである。
第二点 右松井義雄に対する請求を排斥されたことに対する理由は判決文中何処にも見当らないが事実関係に立脚して一審の見解の様に家主から賃料の催告をして(元より相当の期間を定めて)之が不履行による契約解除を認めないとするならばそれは法律の解釈上大いなる誤りであると信ずる。(本件の場合)
右相当の期間について或は論議のあることも考へられるけれ共本件については三ケ月も放置しておいて訴訟になつて現実の提供もせずに供託してもそれは供託として有効ではなく又一度適法に契約解除になつたものがその後三ケ月後に供託しても賃貸借の効果を復活せしめる様なことはあり得ないのでこの点に関する原審の見解が記載されて居たならば之に対し上告人は前記のその所見を述べて最高裁判所の見解の判示を求めたいと考へて居た処前記の様に、その記載が見当らないが然し上告人としての従来の主張は明かであるからこの様な場合に於ける法律上の効果について可相成くば最高裁判所の御見解を判示していただきたいものと思料します。<以下略>